フィルターケースと絶縁スペーサーの加工

                            2004年4月19日 公開

 ここで紹介するフィルターケースは「ASTRO-F」に搭載する電源のノイズを軽減するためのフィルターを収納するためのものです。

 「ASTRO-F」はU研が進めている赤外線天文観測用人工衛星で、打ち上げ用のロケット事故が相次ぎ、2002年打ち上げ予定が大幅に遅れ、今日ようやく打ち上げの目途が付き、最終的な段階にはいってきました。

 人工衛星に搭載する構造物は軽さと強さを極限まで追求した形状であることから、機械加工の立場から見ると非常に複雑で高い加工精度が要求されますので、加工技術と意欲が試される厳しい仕事となります。


  1. フィルターケース本体の加工

  2. 絶縁スペーサーの加工


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フィルターケース本体の加工


 このフィルターケースは、全体最終段階で必要性が明らかとなり、残された狭いスペースに必要な機能を凝縮して収納しなければならない上に、許された時間も僅かしかないという、特殊な作業となりました。

フィルター基板とケースフルターケースの蓋(6枚重ねて加工)

 ケースは機械加工の極限まで薄く設計され、電子情報技術班で作成されたフィルター回路は表面実装基板に極限に迫る密度でコンデンサや抵抗が実装されており、ワイヤリングはコンスタンタンが用いられているなど、人工衛星用としてのスペックを満たしているものです。
 最低必要数は4組(ケースと蓋各1枚で一組)ですが、加工の困難性等&リスクを考慮し、6組作りました。今回のような加工そのものが技術的に難しい場合は、材料を多めに用意しなければなりません。それは、加工を進めていく中で加工の手順や精度の追い方などの試行錯誤もあり、必ず試験加工を伴うからです。
 フィルターケース本体は内部歪みの少ないA7079(超ジュラルミン)を採用、蓋はA5052板厚0.5mmを採用して、マキノフライスで加工しました。加工に要した時間は、最初の材料手配から含めて5日間(中間に土曜日曜含む)、実加工時間は12時間程度です。
 今回のような加工では、材料の手配から完成までの時間を考えると、外注加工では間に合いません。極限形状の加工では作業状況を見て設計変更を迫られる事もあり得るので、加工図面を確定しなければならない外注加工では大きなトラブルに発展する可能性もあります。大学の中に我々のような、きちんとした加工技術をもった部署が存在し、研究者と共同で装置を開発することは大きな意味をもちます。名古屋大学が人工衛星ミッションに参加できるのはこうした「強み」があるからです。


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絶縁スペーサーの加工


 フィルターケースでは、回路基板を固定する絶縁スペーサも同時に必要です。

 このスペーサーは、内径2.0mm、外径2.2mm、長さ2.00mm(この精度が重要)で、宇宙空間で想定される温度(約−270℃)において割れたりしないことが求められます。一組のフィルターケースに5個必要なので合計30個となります。
 短期間に以上の要求を満たすものを作らなければならないのですが、素材の選定に困りました。このスペーサーに求められている条件は、@機械加工可能(要求精度が高いことと短納期であること)であること、A絶縁物であること、B低温での機械強度などの物理特性良いこと、の3つが同時に満たされなければなりません。
 そこで、かねてより低温での強度が良いと評判のPET樹脂を採用することにしました。
 PET樹脂は50℃以上の温度で変更・収縮しますが、低温で割れることはないので、PETボトルを切ってロート状にしたものを液体窒素の挿入口に付けて使うなど、荒っぽい使用にも割れたりしません。
 都合の良いことに、厚さ2mmのPET板が入手可能なので、早速旋盤加工を試みました。
 この形状では旋盤のチャックで加工物を掴むことはできません。そこで、真鍮のジグを作り、軸状に延びたところに穴の空いたPETを差し込んで、摩擦抵抗のみで切削加工するという方法をとりました。この方法は、肉厚の薄い加工物を真円度良く加工するのに用いる方法です。
 ジグの先端はPETの穴径に対し10μm程度プラスになるよう加工し、手で押し込んで止まるようにします。しまりばめの公差です。

加工手順−1− PET板に穴をあけ、旋盤加工できるように切り取る

穴をあけたPET板糸のこで切り分けているところ

加工手順−2− ジグの軸にPETを差し込み、旋盤加工する

真鍮製のジグPETを取り付けたところ加工開始切り込み量は0.25mmやっと完成

 出来上がったスペーサーを有機洗浄剤で超音波洗浄したところ、直径寸法が縮んでしまい、M2のネジが入らなくなってしまいました。洗浄で縮むことは想定外だったので、驚きましたが、収縮した分だけあらかじめ大きな寸法で作り直すことにしました。
 超音波洗浄は常温で行っているので、PETが縮む原因が不明のままだったのですが、時間もないこともあって、前と同じ条件で超音波洗浄することとし、最終的に満足するものを得ることができました。
 結局、直径方向に5〜7%程度縮んだことになりましたが、その原因はまだよく分かりません。


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