鹿児島大学入来観測所の望遠鏡
2002年2月 研究機器開発班 金工室 河合利秀
1、はじめに
鹿児島大学の入来に設置された電波望遠鏡と光―赤外線望遠鏡を見る機会に恵まれました。
鹿児島大学に設置された光―赤外線望遠鏡は私も取組んだ南アフリカ望遠鏡の弟分にあたるものなので、一度は見たいと思っていましたところ、9月に丁度鹿児島大学にいく用事があったので、その機会に、入来観測所を見学することができました。今回はちょうど野辺山観測所の宮地さんが20m電波望遠鏡の立ち上げ作業に来ておられたこともあり、詳しいお話も聴くことができました。
今回の見学は、普段見ることのできないところもじっくり見せてもらいましたので、そうしたことも交えて報告します。
2、鹿児島大学入来観測所
入来観測所は鹿児島県入来町浦之名の、小高い丘の上にあります。周囲は牛の放牧場となっており、近くに人家はありません。周囲には背の高い木がないので、見晴らしも良く、天文観測にはもってこいの場所です。(写真1は入来観測所の風景です)
(入来観測所のURLは、http://www-space.cla.kagoshima-u.ac.jp/omoken/omoken.html)
入来町は電波望遠鏡を観光の目玉として売り出したい意向で、町からの経路の要所に派手な看板が立っています。そんなことから、ここを訪れる人も多く、これらの観光客に電波望遠鏡やVERAプロジェクトについて説明するのは大切な仕事になっているようです。
私が訪れたときも、月曜日だというのに何組みものお客さんがやってきました。
入り口に説明のパネルが設置してありますが、わざわざ職員が出ていって説明をするというので、私も一緒に話をききました。一般の来訪者に詳しく説明をするのも職員の仕事と位置づけて、こまめに対応しているのが印象的でした。このように、大学の研究を一般の人々に易しく知らせることはとても大切なことだと感じました。
来訪者の方々は「夢があって良いねえ〜」と感想を述べるなど、皆さん来て良かったとの良い印象を持たれたようです。
青年会議所の主催でVERA敷地内で小学生50名のキャンプを行なったり、7月7日の七夕には宇宙や天文の理解を広げるため、錦江湾公園で鹿児島市民とともに「七夕祭り」を開催しているとのこと、このような活動はとても大切だと思います。
電波望遠鏡の近くの空き地にテントを張って、昼は楽しい物理実験やバーベキュー、夜空は星空観望会と、参加した小学生達の夢を大きく膨らませたことでしょう。
写真 1、入来観測所の20m電波望遠鏡 | 写真 2、1m赤外線望遠鏡 |
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3、鹿児島大学1m光―赤外線望遠鏡の成り立ち
この望遠鏡は南アフリカに設置した1.4m赤外線望遠鏡(IRSF)の弟分にあたるもので、IRSFの主鏡を1mにし、架台もそれに合わせて小型にしたもので、京都の西村製作所で作られたものです。
IRSFは昨年(2001年)の技術報告で詳しく報告したように、主鏡1.4mのクラシカルカセグレン光学系を経緯台の架台に載せたもので、高い星の追尾精度と安定動作を実現しました。IRSFはすでに多くの観測をこなし、これまでにない鮮明な画像を得ています。
IRSFは西村製作所の技術者を育てることにもなり、その成功によって知名度も上がりました。今では、西村製作所は2mクラスまでの本格的な天文観測用の望遠鏡メーカーとして、世界中に認知されました。鹿児島大学もIRSFの成功を見て西村製作所に発注することになったようです。
このような事情もあって、鹿児島大学の1m光―赤外線望遠鏡はIRSFを一回り小型にした形で設計が進められました。IRSFで苦労したフォークの共振の対策は、フォークを強固なリブを入れた箱構造体とする設計となっています。主鏡サポートの方法もIRSFとは異なっています。
このような手直しが、実際の性能にどのように反映しているを見ていくことは、とても楽しみです。
写真2は完成された1m光・赤外線望遠鏡です。経緯台式の望遠鏡はドームが小さくて済むので経済的ですが、ドーム内に納まった望遠鏡の写真を撮ろうとすると、この様に一部しか視野に入りません。
写真 3、赤外線望遠鏡のドーム |
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4、1m光―赤外線望遠鏡の目的と性能
1m光―赤外線望遠鏡はミラ型変光星の変光を連続的且つ精密に観測することを目的としています。
写真3は赤外線望遠鏡のドームです。
ミラ型変光星とは、80〜1000日の周期で繰り返し明るさの変わる星のことです。くじら座のミラはその代表です。ミラという名前は、この星が変光星であることを発見(1596年)したファブリシウス(ドイツの天文学者)が恒星は不変のものと思われていた時代に、明るさが変わるとんでもない星を見つけたことから、ラテン語の「驚き」の意味で「ミラ」と名づけられました。
理科年表で変光星を調べると、ο(オミクロン、15番目の明かるさの星という意味。その星座の一番明るい星からα、二番目をβという順に付けていく) Cet(くじら座の省略記号)、一番明るいときが2等、一番暗いときが10.1等、変光周期332日(平均)となっています。
ミラ型変光星は、周期と明るさ(絶対光度)に関連性があります。
ミラ型変光星は太陽のような恒星が年老いて赤色巨星となったものです。
私たちの近くにたくさん存在するので、後で述べるVERAと合わせて、ミラ型変光星を「ものさし」とした銀河系の広さや他の銀河系までの距離を計算する事ができるのです。
ミラ型変光星をたくさん調べるには、使い勝手の良い望遠鏡が不可欠です。変光星の測光観測なので目的の星を導入する時間が早く、追尾精度が良く、且つ故障しないことが大切です。
この望遠鏡はIRSFと同じ制御システムを用いており、精度と安定性は実証済みです。
T-POINTによる望遠鏡アナリシスによれば、指向精度2.6±0.7秒角、追尾制度は追尾時間30秒で0.3秒角、ハルトマン定数0.2?秒とのことです。これらの性能は、もう少し絞り込むことができるようなので、現在はもっと良いかもしれません。
変光星の測光観測には観測装置も重要なので、本格的な観測に入るのはもう少し先のようです。
先に紹介したURLには、この望遠鏡で撮影されたきれいな天体写真も見ることができます。
5、20m電波望遠鏡
写真 4、20m電波望遠鏡 | 図 5、視野回転装置 |
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この電波望遠鏡は国立天文台が中心になって進めている「VERAプロジェクト」の一つです。20mの電波望遠鏡を鹿児島の入来、沖縄の石垣島、日本最東端の小笠原、岩手の水沢の、合計4個所に設置し、直径2300Kmの望遠鏡と同じ性能を得ようという研究計画が「VERAプロジェクト」です。
この電波望遠鏡にはこれまでの電波望遠鏡にはない新しい機能が取り付けられています。それは、位相補正型相対VLBIと2ビーム視野回転機構です。
VLBIは遠く離れた望遠鏡で同時に一つの天体を観測して望遠鏡間の距離と同じ大きさの望遠鏡で見るのと同じ解像力を得ようとする技術で、別々の望遠鏡の信号の位相を揃えることにより実現します。しかし、現実には大気のゆらぎの影響で、完全に位相を合わせることが困難なため、理論通りの性能を得ることができませんでした。
位相補正型相対VLBIは目標の天体と近くのクェーサーなどの参照天体を同時に観測することで大気のゆらぎを相殺し、VLBIの位相をより完全に揃えようという技術です。この方法を観測に取り入れるのは「VERA」が世界初となります。
主焦点には2ビーム視野回転機構が取り付けられています。
これは2台の視野回転装置(パラレルリンク機構を用いた自由度6のメカニカルステージで、スチアート・プラットフォームとも言う)で、目標天体と参照天体を同時に長時間追尾観測するものです。
単独のパラレルリンクはスバル望遠鏡(ハワイ、マウナケア山頂の8.2m望遠鏡)の主焦点機構などに用いられていますが、2台を相関的にミクロンオーダーで制御するのは世界初の試みとなります。
これらの調整が進めば1μ秒角という精度を実現できるので、銀河系全体の星の位置や運動を正確に測ることができ、銀河系の謎に迫る発見や宇宙の構造をより正確に知る研究におおいに貢献することでしょう。
写真4は電波望遠鏡の全貌、写真5は視野回転装置です。
VERA推進室の公式ホームページに水沢観測所のファーストライトが掲載されています。
URLは次の通りです。http://veraserver.mtk.nao.ac.jp/index-J.htm
6、まとめ
日本の電波望遠鏡を使ったミリ波短ミリ波の観測は世界からも高く評価されています。ここで紹介した「VERAプロジェクト」は、新しい技術を投入することによってこれまでの観測とは次元の異なる精密な観測を行なおうとするもので、日本のハイテク技術が存分に生かされています。
天文学は一般の人々に夢を語れる学問分野ではないかと思います。鹿児島大学の市民との交流活動は地域の活性化ということもあって、地元自治体が知恵を絞って取組まれているようです。現場での対応が大変だとは思いますが、科学の啓蒙活動はとても重要だと思います。
最近の日本のマスコミから流れてくる映像情報は非科学的なものの見方や超現象などの現実離れしたものが無批判にたれ流されている状況です。戦前日本の非科学的な皇国史観とファシズムの関係を思い出すと、閉塞感が漂う今日の日本の状況では、非科学的な思想や論理によって再びファシズムが台頭するのではないかという恐れを抱きます。
大学の科学者は、もっと積極的に市民に科学的なものの見方や考え方を啓蒙する必要があり、マスコミから無批判に流されている反科学的な情報やバラエティ番組に登場する呪師の類をきちんと批判しないといけないのではないでしょうか。
名古屋大学は名大祭のオープンラボや高校生の研究室訪問など、市民に研究内容を伝える取り組みを積極的に行なっていると思いますが、単に自分達の研究内容や成果を伝えるに留まらず、科学的なものの見方や考え方を広める必要があるのではないかと思いました。
参考文献その1(著書)
- 星の物理 東京大学出版会 北村正利著
- 現代天文学 岩波書店 A・ウンゼント著 小平桂一訳
- 理科年表 丸善 国立天文台編
- 星から宇宙へ 白揚社 G・ガモフ著 小尾信弥訳
- 観測的宇宙論 東京大学出版会 池内了著
参考文献その2(パンフレット)
- 銀河系の不思議が見えてきます 国立天文台 VERA推進室