南アフリカ望遠鏡(IRSF)の製作--作業工程の紹介と総括

このページは「理学部技術報告、2001年」に記載したものに写真を加えて編集したものです。
        名古屋大学 理学部理学研究科 技術部 研究機器開発班 物理金工室 河合利秀





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はじめに


 南アフリカ共和国のサザーランド観測所(南アフリカ天文台、SAAO)に設置した赤外線観測用天体望遠鏡(主鏡直径1.4mクラシカルカセグレン光学系)について、その設計思想から実際の製作・再組み立て作業に至る過程を紹介します。
 理学技術報告では紙面の制約もあって、写真を割愛しましたので、本稿には、関連する写真を掲載してわかりやすく整理しました。これまでのIRSFを紹介したホームページとあわせてご覧ください。


1、経緯


 南アフリカ望遠鏡(IRSF)は、マゼラン星雲大研究(特定領域研究、1998年度〜2001年度)における近赤外線領域サーベイ観測用として南アフリカのサザーランドに設置するもので、この望遠鏡の製作・開発を、名古屋大学理学部光赤外線天文学研究室(Z研)が担当することなった。
 Z研は、当初国内で作ることも考えていたが、Z研はすでに同研究の赤外線観測装置(SIRIUS)開発を担当しており、望遠鏡担当者の割り当てが厳しいことや、国内に海外製品に匹敵する価格で製作できるメーカーがないと思われたので、米国M3社の望遠鏡(主鏡1.3mF2赤道儀)を購入する予定にしていた。
 ところが、計画を実施に移した矢先、日本円が急落し、望遠鏡購入に割り当てた予算では到底賄えないことになった。こうした事態に、Z研はじめマゼラン星雲大研究の関係者一同大いに悩んだ。幸いZ研の学生に望遠鏡を作りたいというものもいて、私も技術職員の立場から国内製作を勧めた結果、佐藤修二先生によって国内製作という決断が下された。
 こうした決断を下すまでには、計画の早い段階から京都の望遠鏡メーカーである「西村製作所」が1.4mF3の鏡の存在を教えてくれたり、名古屋大学側の体制が整った(Z研の長田哲也先生、加藤大輔君(当時M1)、栗田光樹夫君(当時4年生)と私の、合計4名が望遠鏡製作にあたる)ことなどの、望遠鏡製作の条件が整ったことがあげられる。
 望遠鏡開発メンバーには、名大の4名に西村製作所の専務と若い技術者の関氏、制御を担当したシーク電子の方々が加わり、時には激論を交わしつつ、望遠鏡作りに2年以上を共にすることとなった。
 西村製作所がその存在を知っていた鏡はロシア製で、口径1.4mのクラシカルカセグレン(放物面の中央に穴をあけた主鏡と双曲面の副鏡)合成焦点F10である。主鏡は重さ700kg、副鏡の直径が40cmもある、今となっては古典的なものだ。この時点で我々に残された時間は限られており、新たに主鏡を作る時間的余裕もなかった。この鏡を使うという前提が成立てば、西村製作所としては架台だけ作れば良いので、開発時間を大幅に短縮できる。もしこの1.4mの鏡が存在しなければ、我々は「国内で作る」という選択をしなかったかもしれない。
 この光学系は立派な性能評価表が添付されている。フィゾー干渉法による形状評価と結像性能を示す評価がなされている。残念ながら日本ではこれだけ立派な性能評価表を付けることは出来ない。1m以上の鏡の検査施設と技術者が日本にはない。
 それと同時に、使うあてなく眠っている光学部品に日の目をあてることができるのは幸いであった。この鏡は、バブル時に世界中の物を買いあさった日本商社の不良債権の一部として塩付けされていたものでもある。日本のバブル経済の破綻はこんなところにも爪痕を残していたのかと思うと、今更ながら驚きを禁じ得ない。
 せっかく国内で作るのだから、海外から購入する予定であった製品と同じか、あるいはそれを凌駕するものでなくてはならない。この機会に、西村製作所に望遠鏡メーカーとしての経験と実績を積んでもらいたいと考えた。


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2、経緯台となった理由

 天体望遠鏡の構成要素は光学系と架台とに分けられる。この架台は、赤道儀と経緯台の2種類ある。
 望遠鏡の架台を、赤道儀とするか経緯台とするかは大いに議論のあるところである。
 赤道儀とは、望遠鏡を動かす一つの軸を地球の自転軸(極軸)に一致させることによって星を追尾する機構である。極軸と一致させた軸のみを一時間に15°の割合で地球の自転と反対方向に回転させれば、望遠鏡の視野にある星を自動的に追尾することになる。この架台は一軸のみ等速で動かせば良いので、制御が簡単である。このような長所の反面、回転軸が水平・垂直ではなくなるので、それを支える架台の構造が複雑且つ大きくなる。
 それに対し、経緯台では、方位・高度・観測装置の3軸を同時に動かして星を追尾するもので、3軸を同時に制御しなければならない。これは制御装置に大きな負担を強いるもので、今日のようにコンピュータ技術が発達していても3軸同時制御はそれなりに難しい。反対に、経緯台の機構は非常に単純である。垂直(方位)・水平(高度)の軸の配置は、常に架台の中央にあり、バランスが良い。このようなことから、3〜4m以下の小型望遠鏡は赤道儀、それ以上の大型望遠鏡は経緯台というのが一般的な選択である。
 IRSFの主目的であるサーベイ観測には制御の負担の少ない赤道儀の方が扱いやすいことから、当初購入を予定していた望遠鏡は赤道儀を採用したM3のものである。赤道儀では問題となる架台の大きさも、主鏡が1.3mあるにも関わらず、F2という短い光学系のため、鏡筒を短くできるので、非常にコンパクトなものである。
 しかし、我々が使うこととなった光学系(1.4mF3)では、鏡筒が大きく長くなって、赤道儀にすると、南アフリカ天文台(SAAO)に大きなドームを作ってもらわなくてはならない。
 南アフリカはご存知の通り、決して裕福ではない。厳しい国家財政から、我々のために望遠鏡ドームを建設してくれるというのである。望遠鏡ドームにかかる費用を押えたい。
 それと同時に、西村製作所の組立て工場の大きさ制限からも、1.4mの赤道儀を作ることは不可能であった。こうした2つの面から、我々は必然的に経緯台を選ばざるを得なかった。
 以上のようなことから、常識を破って、比較的小さい望遠鏡にも関わらず、制御の難しい経緯台を採用したのだが、今回の我々の望遠鏡によって、1.4mクラス程度の小型望遠鏡でも、経緯台に十分なメリットのあることがわかった。


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3、西村製作所というところ


 西村製作所は京都府油小路、名神高速道路京都南インターの近くにある。天文雑誌には望遠鏡とドームの専門メーカーとして広告を掲載しているので、ご存知の方も多いと思う。西村製作所は、望遠鏡チームとドームチームに別れており、工場のスペースも中央に工作機械室を配し、両側に望遠鏡とドームの組立てスペースがある。
 機械設備は一般的な旋盤やフライス盤ボール盤といったところで、特殊なものはない。望遠鏡を組立てるところは天井走行クレーン(2.8t)が設置されており、この高さとクレーンの能力によって、組立てられる望遠鏡の大きさが決まる。

西村製作所のホームページ

 西村製作所の望遠鏡に関して、天文関係者の評価は大きく二分されていた。ありていに言えば評価する人より、酷評する人の方が多い。現在三鷹光機との間で望遠鏡に関する特許について係争中でもある。そのようなことから、西村製作所の望遠鏡製作技術がどのようなものかを確かめる必要があると考えた。そこで、みさと天文台(和歌山県)には西村製作所によって最近完成されたばかりの1mの赤道儀があると聞き、早速この望遠鏡の出来栄えを見に行った。
 みさと天文台の望遠鏡は美しい仕上がりで完成度も高く、赤道儀の動きもスムーズ且つ静かである。赤道儀の機械構造や溶接などの基礎的技術もしっかりしていることなども確認できた。この望遠鏡を作る過程の写真も見せてもらったが、赤道儀の複雑な形状のフォーク部分の設計が凝っていて、内部に補強用のリブがたくさん入っており、それらがすべて溶接されていた。構造物の角は鉄管を1/4に立て切りしたものを継ぎ合わせてRを取っている。自治体の天文台は観望会を多く催すことから、一般の観望客がけがをしないよう、構造物に丸みを付けておかないといけないのだそうだ。この望遠鏡をみて、杞憂は吹き飛んだ。
 この日の夜はシーイング(大気のゆらぎなどによって星像が揺らぐ場合の星像の大きさで、星像の広がりを角度であらわしたもの、日本では3〜5秒角)が抜群に良かったことも幸いして、月クレータや土星などの眼視(焦点に接眼鏡を取り付けて直接肉眼で見ること)では極めて良好な像に驚かされた。しかし残念なことに、この望遠鏡におけるトラッキング精度やハルトマン定数などの測定は行なわれていないようだ。そもそも日本ではシーイングが悪いのでこうした測定はあまり意味をなさないと考える向きもある。しかし、時にはこの時のように良好なシーイングに恵まれることもある。要は測る意志があるかないかということではないだろうか。


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4、作業日程の紹介


 以下に簡単な作業の経過を掲載する。以後の報告における作業の進行状況を参照されたい。

年・月・日作業内容
1998年9月〜基本設計(西村製作所、名大)コンペ方式、良い部分をとりいれる
望遠鏡の主鏡と副鏡(ロシア製、1.4mカセグレン光学系)に合わせた仕様の経緯台
1998年12月両者の基本設計を突き合わせ、細部にわたって合意、制御の仕様についても合意
1999年1月〜本機に先駆けて1/5モデルを製作、新しい試みや機構部品を検証し、実際に反映
1999年4月〜西村製作所、本設計開始
1999年6月〜1/5モデルによる制御試験開始
1999年8月〜 ターンテーブルとフォークは「ナカサク」に依頼
Rガイドの取り付け基準面はターニング仕上げ
鏡筒関係は「西浦機工」に依頼
1999年11月19日 完成した部品から仮組み立て開始、ターンテーブルの搬入
多数の水準器によってRガイド取り付け面の誤差を測定、
誤差分のシクネスゲージを入れてRガイドを水平になるよう取り付ける
この時点での水平からの誤差は40μm以内
1999年11月29日 センターセクションの軸取り付け基準面に反射鏡を取り付け、
ライカ社のトランシットに付属するオートコリメータによって基準面の傾きを調べる
1999年12月〜鏡筒部分の組立て
2000年1月〜主鏡セルと主鏡の取り付け
2000年2月〜制御装置、モータ等を取り付け、システムダウンの連続!
2000年3月23日 ようやくモーターが指令通り動き始める
高度軸駆動時にフォークが共振、
鉛板をフォークに両面テープで張りつけ、共振を止める
2000年5月〜制御試験、光学系試験(ハルトマンテスト)
2000年7月〜船積みのための分解、梱包開始、真空梱包という方法を採用
2000年7月26日神戸港を出港
2000年8月25日無事ケープタウンに到着
2000年9月9日西村製作所3名、名大4名で南アフリカに。到着次第、組み立て開始
2000年9月27日 主鏡、制御系全て整ったところで我々だけのファーストライト
NGC104の見事さに感激!
2000年10月10日一応の完成を見る
2000年11月15日開所式、ファーストライト
2000年11月27日SIRIUS(専用観測装置)によるファーストライト成功!

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5、基本設計


 こうして、いよいよ、望遠鏡製作の第一歩である、基本設計へと進んだ。
 我々に課せられた任務は、当初購入予定だったM3の望遠鏡仕様に負けないものを作ることである。しかし、我々にとっても、西村製作所にとっても、最初の基本設計をどのように乗り切るかは大きな課題であった。
基本設計はコンペ方式とし、大学と西村製作所の双方が別々に基本設計を行なうこととした。
大学側の基本設計では、観測という立場からの望遠鏡に対する考え方や、最新の情報や技術を取り入れて、できる限り特別な部品は使わない、市販品の中から良い機構部品を選んで、望遠鏡が形作れないかを考えた。
双方の基本設計から良いところを取り合って基本設計の合意を形成し最終設計へとつなげる。こうすることで、大学側の要望や目の付け所なども良く伝わるし、何よりも製作現場の考えからと観測側の考え方をぶつけ合うことによって、お互いの共通理解を広げることに役立つと考えたからである。
 今ある1.4mのクラシカルカセグレンの主鏡をもった望遠鏡を、どのようなコンセプトで作るかという基本概念や基本設計を練ることとした。基本設計といっても、実現性のないものであってはならない。経緯台の軸受け、ロータリーエンコーダ、モータ、駆動方法、鏡筒の構造、主鏡の支持方法、副鏡の支持方法と光軸の合わせ方、観測装置ローテータなど、主要部分の部品選択や、部品購入の見通し、費用見積もりなどを明確にしなければならない。これらは、加工の実現性など、協力工場の加工能力や技術の熟練度などの問題もクリアしていなければならない。基本設計は、製作の可能性を念頭に置いた大まかな設計であるが、細部を詰めないため短時間でアイディアを形にできる。このような基本設計を、全く異なる2つのグループが別々に行なうことは一見無駄なようだが、複数の可能性を見出すことによって、最終設計を詰める過程での柔軟性を狙ったものである。
 大学側の基本設計(図1)は私がまとめた。西村製作所の基本設計(図2)も方位軸にRガイドを用いたので、ほぼ同様の形状となった。この設計における望遠鏡架台の基本的な考え方を表に示す。

基本設計名古屋大学案西村製作所案
架台の方式経緯台経緯台
方位軸機械構造H鋼による溶接構造リブ溶接構造
軸受けRガイド(THK)Rガイド(THK)
駆動方法フリクションドライブフリクションドライブ
モーターACサーボ+HDACサーボ+GD
エンコーダ開放中空式RE直結密閉式RE直結
高度軸機械構造H鋼による溶接構造リブ溶接構造
軸受け一端固定他端支持一端固定他端支持
駆動方法フリクションドライブフリクションドライブ
モーターACサーボ+HDACサーボ+GD
エンコーダ開放中空式RE直結密閉式RE直結
鏡筒構造M型トラスセルリエトラス
温度補正機構なし基準スケール参照補正
主鏡セル機械構造主鏡セル装置回転分離式 主鏡セル装置回転一体式
主鏡支持方法底面3点支持上部エッジ押え込み底面3点支持バンド吊り方式
主鏡位置決め中央穴中央穴
主鏡撓み補正バランス錘式6x3点支持バランス錘式6x3点支持
装置回転軸軸受けRガイドクロスローラー
装置駆動方法ウォームギア平ギア
装置モータACサーボ+GDACサーボ+HD
装置エンコーダモーターエンコーダモーターエンコーダ
トップリング副鏡固定方法接着剤による固定中央の穴をあけて固定
副鏡位置調整機構2θ+2軸の微動機構2θ+2軸の微動機構
副鏡焦点調整リニアガイドリニアガイド
副鏡モータステップモータステップモータ
副鏡エンコーダリニアエンコーダリニアエンコーダ
バランスウェイト鏡筒横に取り付け主鏡セル+トップリング
HD:ハーモニックドライブによる減速機構
GD:平ギアによる減速機構(通常品)
RE:ハイデンハインの超高分割ロータリーエンコーダ
     フリクションドライブとは金属円盤の円筒面の摩擦抵抗を利用した動力伝達方法で、無限に小さい平ギアと考えることができる。ギア駆動の場合、ギアの歯のかみ合わせによるガタや歯の加工精度によって誤差が生じ易いのに対し、フリクションドライブではそのような問題はない。しかしフリクションドライブは摩擦面の滑り現象があるので、それを検出するかあるいは駆動する軸そのものに高分解能のロータリーエンコーダを直接取り付けて実際の角度を正確に読み取る必要がある。
 セルリエトラスは望遠鏡の鏡筒構造のことで、センターセクションと中心に、主鏡セルとトップリング(副鏡)をトラスでやじろべいのように支えるとき、主鏡と副鏡の位置がトラスの撓みによって同じ量変化するように設計したものである。
 主鏡の撓み補正にあるバランス錘式とは、主鏡の自重による撓みの影響を緩和する機構のことで、高度軸の動きに従って主鏡が傾いたとき、主鏡の裏側を押す力をバランス錘と梃子を組み合わせて変化させる。


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6、本設計


 お互いの基本設計を出し合い、議論を重ねる中で、基本設計の合意が形成され、いよいよ本設計へと詰めていき、西村製作所側によって製作図面まで持って行く作業は約半年かかった。先の表で、本設計に採用された部分を__で示した。
実際の進行は、先に方位ベースから進め、この部分の製作図面を完成させて製作発注し、その間に鏡筒の製作図面を進めるという順序であった。これこそは望遠鏡作りに慣れている西村製作所の面目躍如といったところで、望遠鏡をいくつかのブロックに分け、夫々を並行して進めるという手法によって工期の短縮を図ったのである。
 このように、大まかに構造を分けて設計を進めていく方法は、西村製作所が望遠鏡作りで獲得したノウハウの一部であろう。信頼できる協力工場を持っていなければ成立たない方法である。我々のように一人で何もかも進めなくてはならない大学の技術職員にとって、大いに参考になる手法である。
 それにしても、望遠鏡の架台は見事に架台の土台部分と鏡筒部分に分けることができる。
この考え方を進めていけば、今回製作した架台の土台部分は2mの主鏡にも対応できる能力があることから、新たに2mの鏡筒を設計しさえすれば、西村製作所としては2mの望遠鏡も製作可能であろう。
 望遠鏡の架台としての基本的な動きは、方位540°(±270°)、高度90°〜20°、の範囲をカバーできれば良い。安全のために、高度軸には保護用のダンパーと固定用のピンをもうけた。方位のリミットは回転を直線に変換する機構を介してリミットスイッチを叩くようにしてある。
 電気関係の配線は方位ベース中央を経由して床まで下ろし、制御装置までもっていく。この間約20mである。
 本設計において、最後まで決まらなかったのはモータである。平ギアによる減速機構では、ギアの遊びがあり、精密な制御を妨げる。駆動方法にフリクションドライブを選んだ以上、それに見合うモータや減速装置が必要である。私が提案したハーモニックドライブは、遊びのない減速機構として有名である。しかし、調べていくうちにハーモニックドライブの欠点も出てきた。ハーモニックドライブは三鷹光機で採用されていたが十分な性能を発揮せず、全て他のものに取り替えられたという。リングコーンや遊星歯車など、遊びの少ない減速装置を検討したが納得できるものがみつからない。そのうち、西村製作所からダイナサーブモータ(横河)を使いたいと言ってきた。


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7、1/5モデルの製作


 基本設計に即して新しい技術についての知見を得るためと、制御装置のランニング試験もできるようにと1/5モデルを製作した。
 この作業によって制御ソフト開発を担当した大学院生(加藤君)のトレーニングも兼ねることができた。メカトロ技術の手ほどきをしながら、パソコンによってモータを動かしたり、通信ソフトの練習などを行なった。十分な時間があったわけではないが、最終的には、望遠鏡の制御全般についてを加藤君が担当し、成功させることができた。最初のトレーニングで得たものは大きいと思う。
 我々が採用しようとしたものの中には、これまで使った経験のないものがいくつか含まれている。THKのRガイドやハイデンハインの開放型ロータリーエンコダなどである。
THKが開発したRガイドはリニアスケールの直線案内を円弧に置き換えたものである。THKのリニアガイドは世界中の工作機器メーカーが認めた最も優れた鋼球を用いた直線案内機構である。その独特な溝形状と溝の配置にノウハウがあって、ギャップのない直線案内を比較的低いコストで実現できるところがみそである。Rガイドはその直線軌道を円弧とした物である。しかし、円弧軌道となると、直線運動では考えられない問題も出てくる可能性がある。それは鋼球の軌道が円弧を描くことによる運動距離の違いによって生じる摩擦の影響である。
Rガイドの基準面をどれぐらいの精度で仕上げたら良いのかを知ることは重要である。Rガイドがどこまで軸受けとしての性能を発揮するかは、今回の望遠鏡の成否を分けるきわめて重要なポイントである。
 1/5モデルによるRガイドの性能試験において、Rガイドの基準面の重要性を認識することとなった。1/5モデルでは、基準面の加工精度がそのまま組み付け精度となる。最初に組んだ時の基準面精度は、Rガイドの許容値をかなり超えており、そのために軸受けとしての性能を発揮できなかった。軸の中心が回転毎に僅かに移動するという現象がおきたのである。これは、Rガイドの基準面精度が悪いためにブロック固定ねじが緩み、固定部分が動いた結果、軸心移動という現象がおきたと考えられる。
 再加工によって基準面の精度を上げたところ、再現性の良い軸受けを実現できた。この天と地ほどの違いを目の当たりにして、改めて基準面を許容精度以内に仕上げることの重要性を認識したのである。
 さらに、開放型ロータリーエンコダの取り扱いについて、多くの知見を得た。ハイデンハインの技術者は開放型エンコーダのメモリ面をこともなげに拭いたり擦ったりして汚れを取り除いていた。私は光学式エンコーダのメモリ面は触ってはならないと考えていたので、これには驚いたが、これを見てからは、ハイデンハインのスケールの扱いが楽になった。説明を聞けばなるほどと納得できるものである。
 こうして、実機より先に主要な機構部品を取り扱うことによって、実機における組み立てにおける問題点を経験しておいたことは、以後の組み立て作業における大きな財産となった。
 1/5モデルではハーモニックドライブという減速装置をもったACサーボモータを用いた以外はほぼ実機と同様の組み合わせである。ミードの20cmカセグレンの鏡筒を1/5モデルに搭載し、上位コンピュータから制御装置に指令を送るプログラムも原形ができたところで、追尾試験を行なった。Z研の隣(C館5階屋上)に1/5モデルを引き出し、CCDを焦点に付けて何晩か追尾試験を行なった結果、この装置で1分程度の追尾精度を得た。各軸の動きもスムーズであった。
 制御装置の試験は順調に進んだ。しかしここに落とし穴があった。1/5モデル用の制御装置ではGPSのやり取りと方位・高度の2軸しか制御しない。この状態では制御装置は全く問題なく動くので、後で述べる制御装置のトラブルに悩まされるとは思いもよらなかった。
 現在、この1/5モデルは冷却望遠鏡専用に転用するため、赤道儀架台として改造中である。


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8、部品の加工


 南アフリカ望遠鏡は、総重量18トンにも及ぶ大きな装置である。こうした大型装置では、大型構造物の加工精度が極めて重要である。場合によっては取り返しのつかない構造的な欠陥を背負うことにもなり兼ねない。
 今回の望遠鏡において最も大きな構造物は、経緯台のターンテーブである。直径3.5m、重さ3tのドーナツ状で、H鋼を継ぎ合わせた溶接構造であり、溶接による熱歪みや環境温度の熱サイクルによる経年変化が大きいと考えられる。従って、その一端面にあるRガイド基準面を80μm以内とすることは極めて困難である。この構造物をきちんと作ることは、望遠鏡作りの中で、基本中の基本であろう。
 この重要な作業は、名神高速道路栗東インター近くにある「ナカサク」という圧延ローラー加工では大手の機械工作専門企業に依頼した。ナカサクの溶接技術はすばらしく、核融合研究所の核融合炉を製作した日立製作所に勝るとも劣らない。溶接面の仕上がりは素晴らしく、溶接設計もしっかりしたものである。要所要所のギャップの配置は、溶接歪みを軽減すると共に、溶接の手順を作業者に判りやすくしている。
 Rガイドの基準面はターニングで仕上げられたが、実際には80μm以内には収まらなかった。溶接構造物は環境の熱サイクルによって蓄積している歪が開放され、少しずつ変形していくものである。溶接後、一度ターニングで仕上げたあと、2週間ほどおいてもう一度ターニングによって仕上げを行なう。この時点である程度の誤差を吸収してくれるはずである。それでも、大きさに比較してRガイド面の誤差が厳しいので、これだけでは要求する精度内にならない。この問題は後ほどの組み立て作業によって調整するしかない。
 鏡筒関係は西浦機工が担当した。西浦機工はこれまで西村製作所と一緒に望遠鏡作りをしてきた良いパートナーで、宇治の丘陵地帯の片隅に、農家の納屋のようなところに旋盤・フライス盤・溶接機を1台づつ置いた小さな工場である。ここでは、トラスの微妙な角度の調整を行なっていた。
 主鏡セルやセンターセクションの複雑なリブ構造も全て溶接である。私が見たときはすでに錆止めの塗装がかかっていたが、溶接の仕上がりは良好である。
 大切なことは設備ではなく、職人さんが望遠鏡のことをよく知っているかどうかである。一つ一つの部品がどのような役割を果たすかを理解していれば、その部品の加工精度をどうするかといったことは自明であろう。丁重に作られた部品は、過不足なく望遠鏡に一部としてすでに存在しているように見える。西浦機工の職人さんからはこうした手際のよさと、望遠鏡に対する愛着が感じられた。


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9、京都(西村製作所)での組立て作業


 南アフリカに持っていく前に日本で一度組み立てて、制御試験を十分に行う必要がある。それは、南アフリカでの作業を思うと、装置全体の完成度を高めておかなくてはならないと考えたからである。
 2000年10月から方位軸のターンテーブルを西村製作所に搬入、組み立てに入った。
 ターンテーブルは6点(120度分割)をレベリングブロックによって床(土間に鉄板を敷いた)と接している。工場のすぐ近くには、近鉄電車や大型トラックなどが走る油小路の片面3車線の産業道路が走っている。従って、これらの振動による影響は後に光学系の調整を行う際に大きな障害となった。
 ターンテーブルに刻まれたRガイド基準面に水準器を多数(6個)乗せてその水平度を測定したところ、目標の80μmには遠く及ばない。レベリングブロックを何度も調整して、全体の水平を大まかに出した後、再度水平を詳しく測定する。水平からのずれを計算し、一番高いところを基準に、基準面とRガイドとの間に隙間ゲージを挿入することで、Rガイドの水平を出した。同様に、中心からの誤差を専用治具によって求め、真円からの誤差を隙間ゲージで補正しした。
 この結果、Rガイドの取り付け誤差は50μm以内となり、目標の80μmを超過達成した。このことは方位軸に採用したRガイドを理想的な条件に近づけることになり、大きなアドバンテージとなった。方位ベースをRガイドに載せた状態で、テーブル全体を回してみると約10kgで回り始める。手から伝わる感触では最初の摩擦抵抗を感じないスムーズな回転であった。
 この後すぐにフォークを取り付け、センターセクションの組立てに入る。
 ここで難しいのはセンターセクションの軸出しである。この軸出しにはオートコリメータとセオドライトを用いたが、決して十分な調整ができたとは言えない状態であった。組み立て前に基準面の平行度をオートコリメータによって測定すると1分以上の誤差がある。この部分は鏡筒の全荷重によって大きく撓むこともあり、シムなどを入れるよりもしっかり固定することにした。高度軸は一端固定他端支持であるが、支持端にニードルベアリングを用いているのが特徴である。この軸受けでは、センターセクションから出る高度軸の芯が一致していないと正しい軸受けにはならない。軸ずれがあると、過拘束となって、センターセクションに曲げ応力を生じる。
 高度軸の軸受けをどのようにするかは意見の分かれるところであろう。この軸受けでは、フォーク部分とセンターセクションと、軸受けの剛性がつりあったところで動くこととなる。
 センターセクションをフォークの上に乗せ、回転を確認したところ、スムーズに回転する。しかし、中央に鏡をおいで横からオートコリメータで見ると僅かに8の字運動をしている。これは当初予想できたことであり、再現性があれば良いということで一致した。
 この測定はオートコリメータを2階に設置してセンターセクション中央のミラーの動きを見るのだが、測定者が僅かでも動くと2階全体が揺れて、測定にならない。同様に、電車が通ったり、大型トラックが近くを走行すると、コリメータの十字線がしばらく揺れている。本来ならば、しっかりした地盤と測定用の台を用意しなければならないのだが、こうしたことは日本の大都市やその近郊では実現不可能であろう。結局、我々の測定は再現性の確認のみで、次の鏡筒の組立てに移る。
 鏡筒トラスを仮止めし、主鏡セルとトップリングを仮止め、トラスの微調整を行なう。この段階までくると、ようやく望遠鏡らしくなる。
 一旦主鏡セルを外し、主鏡を載せて鏡筒の本組み立てとなる。このとき、主鏡セルの中心と主鏡を押える金具に不具合があって主鏡が入らないというハプニングがあった。主鏡のカセグレン穴の寸法が正しく測れていなかったことが原因だ。比較的大きな内径を正確に測ることは大変難しい。ましてやガラスに空いた穴は真円度も悪い。穴の深さもあるので、入り口が狭く中が広いとか、その反対など、思った以上に誤差があった。


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10、制御装置の調整


 だいたいの形ができると、電気系の配線に取り掛かり、約1週間で通電可能となる。
 制御装置の動作は以下の通りである。
 上位コンピュータによって計算した高度・方位・回転の3データ(差分)を0.1秒おきに制御装置に伝える。制御装置は時間情報をGPSから受け取り、その時間に基づいて方位・高度・装置回転の3軸に指令を出す。方位・高度・装置は夫々サーボ駆動となっており、指令値にしたがってモータを回す。高度と方位の角度は直結のロータリーエンコーダによって読み出す。装置回転はモータエンコーダの値を用いる。これらの角度は上位コンピュータに引き渡される。上位コンピュータは返ってきた角度情報をもとに、誤差を含めた値として計算し直し、次の0.1秒後に動くべき値(差分)を制御装置に伝える。以上が繰り返される。これが追尾モードである。自動追尾モードではポインティング(早送りで次の目標に移動する)以外は自動的に追尾する。
 このほかに、観測装置を取り付けるなどの作業の必要性から、メンテナンスモードが用意されている。この動作は、ハンドボックスのボタン操作によっている。
 制御装置の設計・製作はシーク電子、制御用ソフトウェアの開発はJSC、上位コンピュータの制御ソフトウェア開発はZ研の大学院生(加藤大輔)が担当した。
 いざ運転!となって、スイッチを入れたが途端にエラーが表示され、先へ進まない。その後、何回も制御装置エラーでダウンを繰り返す。1/5モデルではこのようなエラーは出なかったので、予想外の展開となった。
 エラーの原因はバッファーオーバーフローであることが判明したのだが、最初は何が悪いのか見当もつかず、時間ばかりが過ぎていくという状態であった。結局、1/5モデルよりも実機の方が通信の比重が重く、そのために通信用のバッファーが足らなくなってしまうことによっておこる現象であることが判明した。この問題は制御に用いたパソコンの構造的な問題にも絡んでいて、最終的には通信関係のソースコードを丹念に追って、一つ一つバグを潰していくという地道な作業に入り、これに約一ヶ月を要したのである。
 バグ出しが長引いた原因は様々であるが、プログラム開発の初期の段階で担当者が入れ替わったりしたことから、バグ出しでの変数管理やアルゴリズムの確認に手間取ったことがあげられよう。これは担当したソフト開発会社の責任なのだが、この間、我々機械屋は一切何もできず、ただ傍らにいて見守るしかなかった。
 エラーの原因は通信のオーバーフローという単純な物であるが、それ故にコンピュータシステムの本質的な問題でもある。これは、最初のプログラム設計における通信の比重を甘く見たことからおきたことなのだが、このような本質的な失敗はそれを正すまでに非常に大きな労力を要し、時間のロスも大きい。このことは我々にとっても担当した業者にとっても貴重な経験であったと同時に、赤道儀の制御では経験しえないことである。西村製作所はこの経験によって、今後経緯台の制御に関して、良い経験を積んだといえる。


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11、ダイナサーブモータ駆動装置の調整


 制御装置のバグが少しずつ取れて、部分的に動くようになると、今度は方位と高度のモータが動かない。
 方位・高度ともダイナサーブモータを用いたことで途中の減速機構を省くことができ、精度の良い制御を可能とする、というのが設計のコンセプトであったので、これは一大事である。
 ダイナサーブモータは200〜400極の高分解能ACサーボモータに超高分解能のロータリエンコーダを直結したような構造で、最高回転数でも10rpmと非常にゆっくり回転する。外側がローターとなる独特の形状でインナーの端面を固定して用いる。角度分解能が高く、軸剛性も高いので、そのままNC装置のインデックスとして用いられる。
 早速メーカーに来てもらって時定数や増幅率などの調整を復習したが、一向に動く気配はない。日本での完成を4月としていたのに、すでに2月になっており、望遠鏡作りは大きな試練に立たされた。
 振動試験によって望遠鏡の共振周波数を求め、サーボの時定数を決めたり、フィルターを挿入するなどの試みを繰り返した結果、最終的には何とか動いた。しかし、最初の振動試験では鏡筒を振りすぎて、あわや副鏡が落ちる!という危機もあった。振動試験をFFTで分析した結果、高度8Hz、方位3Hzに共振のピークがあって、その他何個所かに共振点が出ている。このあたりのゲインをイコライザーフィルタで落とすことによってようやく何とか動く状態となった。
 それでもまだ調整不十分で、低速域で振動したり、遅れ角が大きくなって制御できていなかったりと、この調整には最後まで悩まされることとなった。特にフォーク部分が共振してウォーンというような音で「鳴く」ので、この部分に鉛板を張りつけるなどして共振を防ぐことに成功した。
 現在はさらに高度な対策を施し、ほぼ満足の行く制御精度を得ている。


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12、方位エンコーダの補正


 ダイナサーブモータが回るようになったころ、制御装置のバグも大方取れて、ようやく方位ロータリーエンコーダの微調整が行なえるようになった。この部分は開放型エンコーダなので、読取りヘッドの角度やスケールからの距離を微調整する必要がある。生のエンコーダ出力A相とB相をオシロスコープによってリサージュ図形として描き、その形がきれいな円を描くようにヘッドの位置を調整する。
 この調整を全周にわたって行なうと、良い部分と悪い部分とが現れた。悪い部分はスケール面に汚れ(主に油)が付着していたのでそれを拭き取る。それでも波形が揃わない部分ができる。それと同時に、スケールの最小目盛りに同期したゆらぎも見えてしまう結果となった。
 この問題は1/5モデルでは分らなかったものなのである。ハイデンハインの技術者からは「このエンコーダの精度は2秒です。元々そういう物なのです。このエンコーダもその範囲内には入っているでしょう。」と言われてしまった。しかし、我々はここで諦めるわけにはいかない。このエンコーダの分解能の高さが、この問題を解決してくれた。
 これらの誤差は、一度ロータリーエンコーダを組立てると同じところで必ず同じ現象が発生するので、補正テーブルによって正しい値に変換することとなった。
 補正テーブルのデータ取りは加藤君がおこなった。この作業は一度エンコーダ部分を外すので、南アフリカでの再組み立て時には、もう一度最初からやり直さなければならないが、このような方法で方位軸の精度もあげることができた。


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13、光軸出しと望遠鏡の追尾試験


 望遠鏡は光学系の調整が最後の難関である。
 光学系の調整は「西村方式」によって大まかに絞り込み、ハルトマン試験によって微調整する手順である。これは南アフリカにおいても同じことを繰り返すので、この手順を日本でしっかり確かめることは重要である。
 西村方式とは、カセグレン光学系の光軸合わせの方法で、西村製作所オリジナルである。この光軸合わせで最も重要な役割を果たすのが光軸望遠鏡である。光軸望遠鏡は、接眼部分を光軸にそって正確にずらすことができる。この光軸望遠鏡を主鏡中央のカセグレン焦点に取り付け、接眼鏡のレチクル(十字線)に合わせてセンターセクションに十字線を張る。次に、副鏡に写る十字線に焦点を合わせて、その十字線が本物の十字線に隠れるよう、副鏡の角度や中心一位置を調整する。これができたら、主鏡に写った十字線が重なるように、主鏡の傾きを調整する。こうして、全てはカセグレン焦点部分の光軸に最初の十字線に隠される幅の誤差範囲内で合わされる。
 この調整は非常に神経質なものである。特に光軸望遠鏡の焦点調整では、ちょっとしたねじの締め加減で焦点位置が変化してしまう(光軸がずれる)。従って、光軸望遠鏡の取り扱いにも習熟し、時間をかけて調整することになった。一通りの調整ができたら、いよいよ実際に星を視野に入れた調整となる。
 星を使った調整に入ると、望遠鏡開発のメンバーは夜型の生活を強いられる。深夜あるいは徹夜で望遠鏡解析やハルトマン試験を行なうこととなる。
 西村製作所には北と南に窓がある。その窓ガラスを外し、直接望遠鏡で星を見て、望遠鏡解析を行なう。解析ソフトはT-POINTというもので、恒星をいくつか導入し、真の値との誤差を求めることによって、望遠鏡の誤差解析を行なうものである。窓からの限られた恒星数ではあるが、T-POINTによってこの望遠鏡は再現性の良い機械であることが確かめられた。
 次に、焦点にCCDカメラを置いて、それをモニターしながら、追尾試験、望遠鏡の総合試験(解析と補正)、光学試験(ハルトマン試験)を行なった。
 追尾試験では、丁度南側に窓があるので、南中直前の星を導入し、これを追尾するという、経緯台望遠鏡にとっては最も困難と思われることも行なった。南中した時に高度軸は最高点に達し、それまでの動きとは反対へ動く。このように動かす方向が変わる状態を含む制御は誤差が出やすい。しかし、南中を含む追尾精度は2秒以内であった。これ以上はシーイングの悪い日本では確認できない。
 ハルトマン試験ではトップリングにハルトマンパターンを取り付け、恒星をCCDの視野に導入して恒星の焦点をずらし、画面一杯にハルトマンパターンを広げた状態で、その画像をビデオテープに取込む。この画像をパソコンで取込み、ハルトマンパターンに添ってできたパターンの重心を求め、その重心位置がどのように変化したかを解析する。この時の重心位置の分散を表したものがハルトマン定数であり、鏡の形状誤差を総合的に調べることができる。世界の大きな望遠鏡では0.1秒が目安である。それに対し、我が望遠鏡は0.2秒と、そこそこの値を得た。
 その間にも、制御装置は時々エラーでダウンしてしまうが、その都度原因を探してプログラムの不具合を探す。こうして、徐々にではあるが制御装置の完成度は高められていった。
 大方の解析が進み、望遠鏡としての完成度が上がってくると、いつ南アフリカに船積みするかを決めなくてはならない。船で運ぶと、丁度一ヶ月かかる。
 船積みが7月末と決まると、機械関係はにわかに忙しくなった。


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14、船積み


 この望遠鏡は一旦解体し、梱包する。船はマラッカ海峡から赤道を越え、インド洋に達して、アフリカの東海岸を南下し、喜望峰を回ってケープタウンに到着するというコースで、約1ヶ月の間航海する。その間望遠鏡は閉された貨物室に置かれるので、湿気対策は必需である。
 望遠鏡は全部で12個のコンテナに分割された。各部分には、ロータリーエンコーダやモータが取り付けてあるので、乱暴な取り扱いがされてもそれらがダメージを受けないように、緩衝材を十分に入れておかなくてはならない。
 ちょっと別の問題だが、海外へ持ち出す場合は通関手続きを円滑にすすめる必要がある。その為に、どのコンテナに何が入っているかを示す表を作成する。西村製作所から持ち出すもの以外に、名古屋大学で用意したものもたくさんあったので、一覧表にそれらを加え、運送業者の手によって通関用リストが作成された。このへんの書類作りは運送業者の得意な部分である。
 このリストには細かいパーツまで書ききれないので、鍵のかかる収納容器に工具を詰め込んで「工具一式」などとしたり、パーツケースに使いそうなねじ類をたくさん詰め込んで「予備部品No.3」などとする。もしそうしなければ、ねじの規格と個数を表にしたり、通関の検査でねじの数を数えることになる。もし数が合えば良いが、合わなかったら一大事である。細かい部品では、何々一式というのはありがたい。  解体から梱包まで約一週間というスピードであった。
 全ての部品はプラスチックの包装シートで包み、周囲を熱接合させる。このやり方を運送業者は「真空パッキング」と呼んでいた。これなら確かに、船倉に一ヶ月置かれていても、内部露結する心配はない。
 ターンテーブルは面積があるので梱包用の箱は現地(西村製作所の組立工場)で直接作ることになった。当日は木枠の図面通りにあらがじめ切断された木材が多数運び込まれ、図面をもとに、10人程度の職人たちが作業を進める。西村製作所の天井走行クレーン負荷荷重ぎりぎりいっぱいで非常に厳しい作業であったにも関わらず、予定通り作業が進んだ。
 大物から順次梱包が進んでいき、全てが終了すると、西村製作所の組立工場はがらんとなって、こんなに広かった?と思うほどである。
 高さ約7m、重さ17t、ベース直径3.5mという、この大きさは、この工場で組立てられる最も大きなサイズであろう。あらゆる部分がこれ以上すこしでも大きかったら組立てることはできなかった。西村製作所はこともなげに言うが、普段重量物を扱ったことのない我々にとっては驚嘆すべき事柄であった。
 望遠鏡を載せた船は7月末神戸を出港、予定通り8月末にはケープタウンに着いた。


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15、南アフリカでの組立て調整作業 ―その1―


 現地組み立て部隊は、西村製作所から関さん、柿本さん、専務さんの3名、名古屋大学から長田先生、加藤君、栗田君、そして私の、合計7名である。我々は9月9日名古屋(小牧)から出発して、南アフリカに入り、専務さんは大物のターンテーブルが組みあがった1週間後に、栗田君は望遠鏡の全体が見えてきた3週間後に帰国、制御プログラム担当の加藤君を残し、残りの4名は予定していた作業をほぼやり終えて10月15日帰国した。
 この間の詳しい作業日誌はWebのホームページに掲載してあるので参考にしてほしい。
 現地組み立て作業は、南アフリカ天文台(別稿で紹介します)の協力も得て、概ね順調にできたと思う。ここでの作業は関さんを中心にして行なった。我々は関さんの説明を受け、問題点がないかを議論し、納得できたらOKを出す、というスタイルで進めていった。組み立ての精度確認は必ず我々が立ち会い、問題が生じた時は我々も一緒になって議論し判断する。時間はかかったが、全員で考えながら組み立て作業を進めていくので、一同おおいに勉強になった。以下かいつまんで紹介する。
 我々がサザーランドに到着した頃はとても寒く、コートなしでは外に立っていられなかった。ちょうどこの頃は季節外れの寒波で、風が強く、夜間雪が舞うような悪コンディションである。
 大物をドーム内に入れる前に、望遠鏡の方位ベースを置く6個所のブロックの下に敷く鉄板を、ドームの床に接着しなければならない。この作業に思いの他時間を取られた。周囲の温度が低いので、エポキシ系接着剤がなかなか硬化しなかったからだ。3日後、方位ベースの搬入に踏み切るが、嵐のような風が吹き続けていた。クレーンの作業をいつ実施するかという判断は「早朝は風が止む」というクレーン操縦士のアーバンの意見に従った。
 アーバンは非常に腕の良いクレーン操縦士だ。3tもある大きなコンテナを、ほとんど衝撃なく着地させる。我々は梱包コンテナ上部の蓋をとり、横壁を外して、クレーンで吊りやすくする。
 方位ベースの上部はRガイドの基準面である。この面を水平にしなければならない。我々はここで、最初大きな間違いをおこしていた。それは、方位ベースの6点をドームの床に固定したことである。コンクリートの床にはアンカーボルトを埋めておいたので、それで方位ベースを締め付けた。が、レベルブロックをいくら調整しても水平が出ないばかりか、時間とともに基準面が動いてしまう。これが熱膨張によるものだと気付くには2日かかった。
 そこで、アンカーボルトは一本だけを締め付けて、あとはフリーの状態にもどして、再度水平出しを行なった結果、信頼しうる良好な値を得ることができた。時間的な変動も見られない。このような基本的なことでも、見落としや考え違いがあるものだと、思い知らされた。
 Rガイドの基準面はシムを要れ直すことによって50μm以内となり、方位ターンテーブルを搬入する。ターンテーブルは京都の時とほぼ同じ力で動き出す。このときもスムーズな動き出しで、変な摩擦は感じられない。
 ロータリーエンコーダの誤差の傾向は、やはり京都の時とは異なった。加藤君は、補正データを取り直し、補正テーブルを作り直すという地味な作業を黙々とこなしていった。
 鏡筒が組みあがり、主鏡を入れようとなったとき、主鏡セルが南側主鏡交換用ピットの幅より僅かに大きいことが判明した。これが組立て作業における最大のピンチであった。
 結局、主鏡はドームスリットから入れることにした。これはアーバンの腕を見込んでのことである。 主鏡をドームの上まで吊り上げるのは精神的に気持ちの良いものではない。しかし、別の方法では3回も吊り直さなくてはならない。一回の吊り上げ作業のリスクはほぼ同じと考えるならば、吊る回数は少ない方が良い。これは関氏の考えであるが、ドームの上まで(約20m)主鏡を持ち上げるのがいかにも危険のように思える。
 かなり迷ったが、最終的には一回で済む方を選んだ。空中高く釣り上げられた主鏡は一同ハラハラする中を、無事主鏡セルに納まった。
 次回主鏡を外す時は、専用の架台を用意しなければならないだろう。主鏡の上にチェンブロックを配置しなければならないので、これは今後の宿題となってしまった。
 ハードウェアの問題で最後に残ったのは、ドームの電源用トロリーと望遠鏡鏡筒の干渉である。トロリーが出っ張っているために、望遠鏡の高度を20°まで下げられないところがある。このままでは、誤操作や制御装置の不具合などで必ずこの部分をぶつけてしまう可能性が高い。
 この部分は、出っ張り部分を切断し短くして溶接し直た。これにより鏡筒とドームの干渉は完全になくなった。


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16、南アフリカでの組立て調整作業 ―その2―


 10月に入ると、総合的な調整ができるようになった。方位軸のロータリーエンコーダの補正を行なったり、各回転軸の原点復帰動作を微調整するなど、徐々に望遠鏡らしい動作が可能となってきた。
 光軸合わせを行なった後、我々はカセグレン焦点に接眼鏡をセットして肉眼で星を見ることにした。この時点ではまだ追尾精度はあまり出ていなかったが、肉眼で見るには十分である。T-POINTによって大まかに座標をあわせると、赤経・赤緯を入力すると、かなり良い精度で天体を導入できるようになった。
 最初は外惑星から見始めた。木星、土星は美しいの一言、海王星、天王星(6等星程度)は確かに惑星らしく、恒星とは異なって見える。冥王星はかなり暗いがしっかり見えた。次に球状星団を見る。NGC104の圧倒的な美しさに我々は驚嘆した。タランチュラ星雲は光の房が八方に延び怪しく輝いている。中央の星の集団の手前に雲のように浮かんだ怪しい光は、後にSIRIUS(専用観測装置)で同じ天体を捉えた赤外線映像とはかなり異なっていた。ここで見たこれらの映像は一生忘れないだろう。1.4mという大きな望遠鏡で眼視するようなことは今後無いと思う。望遠鏡作りの醍醐味と言える。
 接眼レンズを取り外し、CCDカメラを装着して、T-POINTによる望遠鏡の本格的な解析を開始した。次々に恒星を導入して、恒星カタログの赤経・赤緯と望遠鏡の示す値との誤差を記録していく。これを望遠鏡の動ける範囲を網羅して行なうのである。恒星の赤経・赤緯データは精度よく観測されているので、これによって望遠鏡をチューニングしようというのである。一晩で300〜500個の恒星を導入し、誤差を読み取っていく。シーイングが悪いと、実際に誤差がどれだけあるかが分らないこともある。すでに2〜3秒程度の誤差に入っている。
 この望遠鏡は、鏡筒などの撓みなども少なく、ガタのない良い機械に仕上がった。T-POINTによる望遠鏡解析の結果、この望遠鏡は補正なしの状態でも20秒以内に納まっているこ。これは赤道儀との大きな違いで、経緯台のメリットの一つであろう。
 次に、様々な条件での追尾試験を行なう。経緯台は南中(星が真南を向くこと)時の追尾が一番難しい。高度軸の駆動速度が限りなくゼロに近づき、やがてゼロとなって、次に方向が変わる。こうした動きは駆動機構にガタがある場合、その分だけ不安定になる。しかし、我々の望遠鏡はダイナサーブモータ+フリクションドライブで、駆動機構に一切のガタがない。従って、南中しても精度良く追尾できるはずである。
 追尾精度は他の条件でも繰り返し確認した。その結果、5分間追尾で、0.5秒角以内の精度であることを確認した。これは、我々の当初の目標を達成している。
 次にハルトマン試験に移った。トップリングにハルトマンパターンを取り付け、鏡筒のバランスを取り直す。京都ですでに行なってきているので、準備もスムーズに運ぶ。
 ところが、最初の測定で、京都のデータよりかなり悪い結果が出た。京都では0.2秒であったものが、この時は0.4秒である。我々は0.2秒を目標としていたで、この値は納得できず、ハルトマン試験の解析方法に問題があるのかどうか、繰り返し測定を行なうが、この時点では原因がつかめなかった。
 帰国後、解析途中の間違いを発見、正しい解析によって得られたH.C.は0.43秒であった。東京天文台三鷹にある赤外シミュレータは最も良いときでH.C.=0.34秒とのことで、我々の0.4秒というのは悪い値ではなく、望遠鏡の平均的なものであるようだ。この値でも観測に支障のないことから、我々はこれで納得した。
 主鏡の高度軸の変化による撓みの影響を補償するための機構を調整するつもりで、そのおもりの位置を変化させハルトマンパターンの変化を読み取ろうとした。おもりを動かす前のハルトマンパターンは3点支持の部分が出っ張っていることを示している。おもりを補償値を大きくする方に動かし、ハルトマンパターンの変化を見た。ところが、その時のハルトマンパターンは3点支持の部分が低くなるという思わぬ結果に、我々はすっかり混乱してしまった。おもりの調整による主鏡の形状補正は、我々が考えた結果とは異なる結果を導き出し、結局のところ、ハルトマンパターンの解析結果をもとにした光軸調整はこの時点では困難となった。思わぬ事態に、この方法によって光軸の最終調整とすることをもくろんでいた我々は、この作業をほとんど何もできない状態のまま引き上げるしかなかった。


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17、残された課題


 ハルトマンパターンによる光学系の評価が不十分なままではあったが、一応、当初の目標値を僅かに上回る程度で、実際の観測には問題ないという判断から、望遠鏡にSIRIUSを装着して試験観測を開始した。その結果、いくつかの問題点が浮かび上がってきた。
 一つは、風の影響、もう一つはシーイングである。
 サザーランドは日常的にもかなり強い風が吹いている。鏡筒のカバーなどが煽られて、鏡筒が振られてしまうことや、主鏡のゴミ除けカバーとセンターセクションの空洞が共鳴して大きくゆすられているとの報告である。我々が観測中は主鏡のゴミ除けを付けてなかったので、この問題には気付かなかった。
 これは当面ゴミ除けカバーを付けずに使うしかない。主鏡は当然汚れる(埃がすごく多い)ので、洗浄作業を適当に行なわなくてはならない。SAAOに持っていったドライアイスによる吹き飛ばし装置を試す必要がある。
 シーイングは、望遠鏡の鏡筒部分でかなり悪くなっているようだ。一度シーイングが1秒を切った時、鏡筒や周辺温度と主鏡の温度差2〜3°であった。他の日はシーイング1秒以上の日が続いた。そのときの主鏡と周囲との温度差は5°以上あった。このことから、熱容量の大きな主鏡が、昼間暖められ、夜の観測時間には周囲との温度差が大きくて、主鏡上面に乱気流を作り、それによってシーイングが悪くなっていることは明白である。
 このことはある程度予想されたことであるが、思った以上に主鏡の熱容量が大きく、朝まで周囲温度との差が縮まらない。従って、主鏡を昼間冷やしておくとか、鏡筒に外気を導入して主鏡上部に層流を作って乱気流を排除するなどの積極的な対策を施す必要がある。
 以上の2点は早急に改善しなければならない問題である。次の観測部隊に望遠鏡部隊の栗田君も同行し、改善策をこうじることになると思う。
 もう一つ、別の問題がある。それは、ダイナサーブモータとそのドライバから発せられる電磁波ノイズである。ここから発せられる電磁波ノイズは非常に大きく、京都では、望遠鏡を調整している間、ラジオが聞けなかったとのことである。このドライバはPWM制御によって大きな電流を高速でスイッチングしている。我々はこのケーブルに対し特に対策は施さなかった。それが災いして、望遠鏡鏡筒の温度差や主鏡の温度をモニターしている半導体温度計に大きなノイズが乗ってしまい、望遠鏡稼動時は正しい温度を見ることができない。このままでは温度計が役に立たないので、温度計の配線をシールド線に変更する予定である。
 すぐには必要ないが、主鏡を再メッキするための台車を作らなくてはならない。あるいは、主鏡セルごとドームの外に出せるように、南側のピットの間口を広げるか、である。現状を考えると、主鏡を乗せる台車を作った方がよさそうだ。これはSAAOサザーランドの技術の人と一緒に考えるのが良いと思う。


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まとめ


 17の残された課題に付いては現在改良が進められています。したがって、17の項目は、課題が解決していき次第、その内容をお伝えすることにします。
 かなり長い文章になってしまいましたが、それでも説明不足で分かり難い点もたくさんあると思います。本稿では制御のことはほとんど中味に触れていませんし、設計図なども一切出してないので、余計に分かり難いかと思います。拙い文章と写真ですが、私のWebの他のページやZ研のIRSFに関係するページをご覧ください。IRSFとSIRIUSによって撮影されたきれいな赤外線疑似三色合成写真もご覧になれると思います。


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