「なんてんー2」再組み立て

2005.12.7  NANTEN-2再組み立てに詳しく掲載

 NANTEN-2再組み立てに詳しく掲載していますので、ここでは全学技術センター2004年度技術研修会に報告した内容を掲載します。

  1. 総論=構想段階から大きな役割
  2. NANTEN解体、アタカマ高原に移動・再組立
  3. カウンターウェイト及び主鏡取り付け
  4. 新制御装置の開発
  5. キャビンの改造
  6. NANTEBN-2専用ドームの企画・設計・製作
  7. 現地作業の安全確保





大学の技術スタッフとして参加


 NANTEN-2プロジェクトにおける私の役割は、構想段階から技術スタッフとして参加し、方針を決める時々に、技術者の視点での見解や方向性を打ち出し、学生を指導しながら望遠鏡移設に必要な技術力を徐々に高め、移設を自力で実現可能にすることにあった。

 このプロジェクトでは、当初から自力移設を主張し、新しい技術を紹介することによて技術的な問題点解決の見通しを与えた。
 この結果、計画当初、業者による移設に関わる総費用の見積もりが一研究室では実現不可能であったものを、移設工事と制御系を自前で行うことにより、なんとか実現できる程度にまで圧縮できる見通しを持った。

 準備段階に入ってからは、具体的な問題に関して重要な提案を行ない、研究者・大学院生の信頼も得ることができ、重要な判断を伴う時には技術スタッフとして見解を求められた。

 移設作業の実務においては、現場作業の計画立案から実施・監督に至るまでを直接担当し、現地での分解−再組立、新鏡面取り付け、ドームの設計・製作と現地組立、観測装置の更新など、一連の作業において、責任を負う。

 最終的な据付精度においては、三菱電機の電波望遠鏡のスペックを満たすことが求められた。これは三菱電機がラスカンパナス天文台での据付精度を大きく上回ることができた。このことはあとで詳しく述べるが、一つ一つの工程での精度確認を重視、納得できるまで調整したことの結果である。  同時に、私自身が解体準備作業から一貫して現地で作業を進めたことによって、当初慣れない作業形態で色々な失敗をしたが、この経験で得られた技術的なスキルや情報を、最終的な組立作業に全て生かすことができた。このことは私自身得難い貴重な経験であった。
 標高4800mは予想以上に過酷な環境であり、時間的物質的制約が極めて厳しいなかでの作業であったが、準備段階からアタカマ高原を訪れることもでき、考えられる手立てを尽くして「現地組立作業」に臨んだことにより、様々な困難は作業スケジュールに概ね織り込み済みとなって、けが人を一人も出すことなく、予定日数どおりで組立を完了した。
 海外の業務では、プロジェクトに参加する学生・院生の安全管理、健康管理にも気を配り、教員スタッフと協力して、作業の円滑な推進に努めるのも、我々歳の多いものの重要な任務である。このことの重要性を、改めて実感した。

 現地での突発的な事態に対し、現地教員や学生と協力して臨機応変に対処し、さまざまな困難な条件を克服して、当初予定していた技術的任務を予定通り完了した。


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2、現地での作業(NANTEN解体、アタカマ高原に移動・再組立)


 三菱電機から詳細な技術情報の提供を受け、技術的に問題となる箇所の整理・方針を明確にして現地作業に入った。
 解体・組立(現地作業含む)では現地にて直接作業を指導。作業手順の立案・実行、作業員の業務分担、必要な物資の調達などを行なった。
 現地作業を想定した準備作業に3ヶ月、現地での作業に3ヶ月を要した。

 現地の気象条件は、砂漠と高地の特徴を併せ持った厳しいものであった。気温は夜氷点下から日中30℃まで上昇、夜半から早朝にかけては穏やかであるが概ね5〜10mの強い風が吹き、時には20mを超える突風がある。
 午前中よく晴れていても、午後からは雲が出てきて雪模様となり帰るころには地吹雪・・・ということもあった。一旦荒れだすと数日このような荒天が続くこともある。
 標高が高いので、高山病対策として高地での作業は8時間を限度とすることも重要である。
 こうした気象条件を考えれば、大物のクレーン作業はできるかぎり早朝に行い、屋外での作業は午前中に終了、午後からは比較的負荷の少ない作業に移行するというパターンがよい。

 解体作業の様子はNANTEN望遠鏡の解体作業にまとめましたのでご参照下さい。


10月の再組立作業(アタカマ、パンパラボラ)

 10〜11月、再組立作業、時に必要となる分解作業を行なった。8月の重機による分解作業で得た教訓と経験を整理し、より困難な条件を想定した荷役資材を準備した。
 幸いにも、組立要領書を三菱電機からいただくことができ、組立作業の大筋を理解することが出来た。組立要領書によって、調達しなければならない資材、気象条件、組立方法と精度の測定方法などをあらかじめ考えることが出来た。これに、南アフリカ望遠鏡の経験や考え方、現場での状況判断などを総合的に付け加え、私独自に再組立作業の詳細を構成した。
 私の作業スケジュールでは、大物の組み立てに2週間を想定していた。
 現地ワーカーはもっと早くできる!と言っていたが、組立の途中で、精密に調整しなければならないところがたくさんあり、かつ、風の少ない朝にクレーンによる吊り込みをおこない、午後調整といったパターンを基本とすると、2週間というのは結構厳しいスケジュールである。途中、天候の急変やアクシデントがあれば大きく延長することになる。
 結果は、風も天気も悪い状況を織り込んでいた分、丁度よいテンポで進み、主鏡を載せ終わったところで丁度2週間となった。

 おおよそ以下の順で作業を進めた。毎朝朝礼にて、その日の工程を説明し、作業分担を明確にした。
 このほかに、天候に恵まれなかった場合の作業の分散など、現地作業員が遊ぶことなく十分に作業を遂行できるように当初予定していたスケジュールを毎日調整、目標の日程範囲にて解体・再組立作業を完了した。

 これらの作業中、望遠鏡の精度を決める重要な工程では、関係者全員が納得するところまで調整・測定を繰り返した。我々が用意できた測定機は水準器(ポケットレベル4台、傾斜水準計1台)、1.5mストレートエッジ1本、ノギス数本、シクネスゲージ、ばね秤といったごく一般的なものだけであるが、後に三菱の技術者による精度測定によって、我々の組み付け精度が当初仕様を十分満たしているとわかった。

 再組み立て作業の様子はNANTEN-2望遠鏡の組み立て作業にまとめましたのでご参照下さい。


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3、カウンターウェイト及び主鏡取り付け


 再組立の際、主鏡を従来のミリ波用からサブミリ波まで観測可能な新主鏡に交換した。新主鏡は従来のものより3倍程度重くなっていることから、カウンターウウィトも交換する必要がある。このとき、高度軸が一時的にアンバランスになるので、さまざまな安全対策を講じ、主鏡を取り付けることに成功した。


カウンターウェイト吊り込み・固定

 高度ユニットを水平にし、古いカウンターウェイトを取り除いた後、新しいカウンターウェイトを固定する。
 この作業では、当初、カウンターウェイト取り付け時、高度ユニットの荷重が大きくアンバランスとなってしまうので、制御系のブレーキトルクが不足すると、不用意に高度軸が回転するのではないかという不安があった。
 従って、新しいカウンターウェイトを取り付けた後、クレーンのフックとカウンターウェイトの間にチェンブロックを入れて吊り上げ荷重をゆっくり解除するようにした。
 カウンターウェイトは比重15のヘビーメタル(商標)でできていて、見た目以上に重い。
 吊り込み用のアイボルトにツリングロープをかけてみるが、この作業の途中で、カウンターウェイトを梱包していた木枠の台座が壊れてしまい、降ろすことができなくなってしまった。そのため、わずかに左右に傾いた状態で望遠鏡に取り付けることなり、長いボルトをねじ穴に合わせる作業の苦労した。
 全てのボルトを締め付けた後、クレーンはそのままで、チェンブロックを操作して吊り上げ荷重を徐々に解除し、高度軸の回転を注視した。
 結果は、ブレーキトルクが勝り、安全な状態を保ち続けた。


主鏡吊り込み

 新主鏡は太陽光をよく反射するので、太陽が昇る前にドーム内の望遠鏡本体に組み込み、ドームのスリットを閉じる必要がある。事前の準備作業とあわせ、この作業が最も困難な部分であった。
 準備作業として、高度ユニットを真上に向け、指定のスペーサーを所定の位置に置き、軽く瞬間接着剤で固定。
 主鏡の梱包を解き、フレームごとクレーンで吊り上げてドームの風裏の位置に配置しなおし、次の作業を円滑に進めるための作業を行なった。強風で飛ばされてきた砂塵が鏡面を覆うので、やむなく養生シートを主鏡にかけ、シートの淵や端をロープでフレームに固定し、翌日早朝から主鏡吊り込みさぎょうを行うことにした。

 早朝6時作業開始、10時までに主鏡を取り付けてドームスリットを閉じなければならない。遅れれば、主鏡に反射した太陽光によって集光部分が高熱になり溶けてしまう。
 しかし、朝、サイトに上がってみると、昨日強固に結んだはずのシートのロープが切れて、シートがばたつき、鏡面を打っている。急いでシートを取り除き、ドームのスリットをあけてスリットの両側にスポンジの緩衝材を装着、このとき高所作業車の限界高さで相当危険な状況であった。
 次に上を向いている主鏡のひょうめんに触れないように副鏡支持棒の根元にあるアイボルトにスリングを通し、もう片方をクレーンのフックに掛けた。このときも高所作業車を使った。
 主鏡には2本の補助ロープを垂らし、クレーンと補助ロープの操作でドームスリットに主鏡が衝突しないように吊り上げる。このときも養生シートにて極力太陽光を反射させないようにする。
 望遠鏡高度ユニットの所定の位置の真上まで移動。
 主鏡の上下位置、ボルト位置を確認し、ゆっくり下降、案内ボルトにて誘導、全てのボルトを仮締め、主鏡の中心を確認し、本締めを行う。
 ツリング、ド−ムスリットの緩衝材、主鏡の養生シートの撤去を、高所作業車にて完了。エンブレムを閉じた時間は10:20。太陽の高度も相当あがり、ぎりぎりのタイミングであった。

 結果的には時間内に主鏡を吊り込むことができたが、想定外の問題が次々と発生し、しばしば作業を中断しなければならなかった。
 しかし、現地作業員とのチームワークも非常によく、何回かの危機を乗り越えて、無事主鏡を固定し、エンブレムを閉じて「作業終了!」をつげた時は、全員から拍手と歓声が出たほどだ。


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4、制御装置の開発


 NANTENは作られてから10年経過しているので、制御装置が古く、NANTEN-2の仕様を満たさない。そこで、最新の制御技術を駆使した新制御装置を開発した。新制御装置の開発においては、新しい制御理念(位相制御)を導入した制御方式を採用してNANTEN望遠鏡の駆動機械系のパーツを変えずに10倍の性能向上を目指し、ほぼ期待通りの試作機が完成した。
 この制御装置を開発するにあたり、ACサーボモータとPLCで構成する位相制御によって平ギアを2台のモータで駆動した。一方は位置制御に、もう一方はギアのバックラッシュを取るためのトルクモータとして動作させる制御方法は以前のNANTENと同じだが、位相制御ループを入れることによって位置決め精度が格段によくなるとともに、外乱に対する安定性が増し、装置の剛性が高くなったような錯覚を覚える。
 これらの制御装置が基礎的な実験から試作機に至るまで、A研の学生を河合が指導し、学生の手配線によって実現したものである。
主制御装置はリアルタイムLINUXを用い、時計にはGPSを用い、ロータリーエンコーダは従来のNANTENで使っていたものをそのまま用いた。


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6、ドーム


 アタカマ高原の厳しい環境の中で、4mのNANTEN-2望遠鏡を運用しようとした場合、専用のドームは必要不可欠である。
 電波望遠鏡ドームの最大の特徴は、昼間でも観測を行なうことから、サブミリ波帯の吸収が少ない素材(ゴアテックス)を用いてドーム開口部を覆い、太陽光を遮光する必要があることである。
 本ドームは世界で始めてゴアテックス幕の開閉を可能としたもので、ドーム開口部の中にゴアテックスを張った枠をスライドする機構を設けた独創的なスタイルである。この基本設計を得るために、たびたび設計会議で枠構造を提案、基本的に金工のアイディアが取り入れられた。
 ドームの下部はコンクリート製、上部は鉄骨とコルゲート鋼板による構造で、造船を専業とする「高橋工業」にドーム本体の詳細設計と施工を担当してもらい、ドーム駆動部分の機構と制御をアストロ光学、ドーム建設のとりまとめを国際航業が担当し、ドームは2004年9月完成した。
 金工室は、国内(気仙沼)での仮組、チリ/カラマでの中間組立・検査、にも立会い、到達点の整理と問題点の指摘を行なった。


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5、NANTENの改造


 望遠鏡本体は、新しい主鏡やドームとの干渉を防ぐことと、新観測装置を所定の位置に取り付けるため、高度軸駆動部と観測装置を納める「キャビン」を大幅に改造した。
 干渉防止のために、エアコン室外機デッキの改造、キャビン隅の切断を行なった。
 新観測装置取り付けのためには、基準となる光学定盤の整備が最も重要な作業であった。これは5月にほぼ終了、8月には新たな基準面を1箇所設け、その後の観測装置の取り付け方法を検討した。
 光学定盤付近の床を取り外し可能な構造に、横の壁を可動式の扉に、前壁の一部を半固定式の窓とするなどの改造を行い、新観測装置が確実に取り付けられ、且つ観測装置の一部交換など後の運用で困らないようにした。
 これらの作業は、河合が現地作業員に指示を出し、協力して行なった。
 光学定盤の改造で最も困難だったのは、塗装を剥がさなければ精度測定もできないことから、垂直の鉄板に対し、3uの面積にわたってキサゲ作業を行ない、表面をきれいにした後、精度測定を行うという工程である。この作業のために、日本から電動キサゲ機を持ち込んだが、一番多くの時間を要し、且つ最も体力的に厳しい作業であった。
 この他、これまでの運用で破損した箇所の修理なども全て行った。


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7、現地作業を遂行するうえでの問題点と対応


 アタカマ高原は標高4800mの高地ということもあり、過酷な自然環境を乗り越えて作業を安全に推進しなければならない。
 標高が高いことから、酸素は平地の半分程度となり、高地順応をしたとしても、体力の消耗は大きく、本人の自覚症状より厳しい。高山病の危険性が常に存在するので、高地での滞在時間を8時間以内と定め、酸素ボンベによる応急処置や緊急時の下山方法の確保、血中酸素濃度計を常時携帯し互いに注意を喚起するなど、きめ細かい対処が必要である。
 気温は、昼間は直射日光にさらされるところでは30℃を越えるが、夜間は急激に気温が低下し、作業現場のコンテナハウス内に置いたジュースが完全に凍りつく。夏シーズンでも日中に降雪を観測することもあり、常時強風にさらされている。
 湿度も数%ときわめて低く、乾燥による人体障害も顕著であり、炎天下では紫外線の被爆も大きいなど、現地作業では、教員スタッフも含め、極めて厳しい気象条件と環境条件にさらされている。
 このようなことから、教職員・学生・現地作業員の安全と健康に関する注意は、プロジェクトを推進する研究室の責任であるが、現地の教員スタッフとこの任を分担して引き受けた。


 標高4800mでの作業は、高地順応が大切だが、強風・寒冷・紫外線・乾燥も人間の身体を容赦なく痛めつけるので、非常に厳しい。
 今回は金工室所属となった小林和宏氏も参加してもらって、再組み立ての現場作業を実際に指揮することとなった。
 現地のワーカーは解体作業でよくがんばってくれた「レンコレット」の3人と、ドーム建設を担当した3名に、新たにクレーン運転手という顔ぶれである。
 解体作業でクレーン作業の要点がわかったので、今回は吊り荷の重心を完全に掌握することにつとめ、現地の気象条件の厳しさを考慮して、ゆったりとした作業日程を考えた。

 パンパ・ラ・ボラ(標高4800m)とサンペドロ・デ・アタカマのセキトール(標高2400m)にある「なんてん基地」を2台の4輪駆動車(ハイラックス)で往復する。登りは2速ギアでもアクセルをいっぱいに踏み込んで、ようやく登っていく・・・といった感じで、70分程度かかるが、下りはエンジンブレーキをかけていてもスピードが出すぎるぐらいで、1時間足らずの時間となる。

 高地順応は重要である。
 パンパ・ラ・ボラの滞在は、最初の日は2時間、次は半日・・・というように徐々に増やしていき、最終的には8時間までとする。これ以上いると、疲労が激しく、毎日の作業が辛くなる。
 高地順応中は血中酸素濃度計で絶えず酸素量をチェックし、70を切るようであれば酸素吸入を行う。それでも高山病の症状である「頭痛」に悩まされる。
 このような状況なので、高地では難しいことを考えることはほとんど不可能に近い。セキトールの基地でその日の作業の手順や必要な工具などの表を作っておき、パンパ・ラ・ボラに付いたら、朝礼で作業内容の詳細を説明し、その日の作業に取り掛かる。
 工具類は広い場所によくわかるように並べておき、使ったら必ず元の位置に返す・・・ということを徹底する。
 特に、クレーン作業で使う「スリング」や「シャックル」は大切に扱い、絶えず回収と整理を心がける。このようなことをしないと、道具類が散逸し、それらを探し回るだけでくたびれてしまう。


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