IMS マシン*と超高真空中の摩擦実験等について
(分子研での3年間の仕事内容)
理学部装置開発室 鳥居龍晴
1995年10月1日から3年間、人事交流で分子科学研究所装置開発室に配属されました。その3年間で印象深かった仕事内容について簡単に紹介します。尚、この内容は「かなえ」No11(分子科学研究所技術課発行)に掲載させていただいた原稿を修正したものです。
1.IMSマシン
1−1 ESDIAD装置1),2),3),4),5)の開発
(1995年度IMSマシン採択課題)
転任して最初に製作したESDIAD(Electron
Stimulated Desorption Ion Angular Distribution)装置を写真1に示した。この装置は、分子が吸着した金属表面に電子線を照射し、イオン化した分子等を脱離させ、これらの脱離種の角度分布を計測することで、吸着構造等の情報を得ることができる。例えば、試料基板に物質を吸着させた場合、吸着角度と熱による振動等を解明することができる。
転任当時はIMSマシンの責任者である浅香助手が海外出張で不在であったことや表面物性や量子力学に関して全く素人であったことで詳細な設計や組立後の性能試験を行う上で苦労した。
1−2 液体ヘリウム移送用小型ポンプの開発
(1992年度IMSマシン採択課題)
一般に、液体ヘリウムを貯蔵タンクから小型容器に汲み出す場合、貯蔵タンクの加圧による圧力差を利用している。その場合、(1)タンクを加圧させるため、安全面で問題がある、(2)小型容器への汲み出し時における損失が大きいこと、(3)圧力変動が大きいため小型容器への汲み出し時間の推測が困難であること、等の問題がある。
上記の問題を解決するため、極低温で使用できる液体ヘリウム移送用小型ポンプの開発を行った。ポンプは、汎用のDCサーボモータ(ブラシレス、Escap
社製)に市販の石油ポンプのタービンを取り付け、その軸受にステンレス製のミニチュアベアリングを用いて製作した(図1)。モータ及びタービン軸受はメタノールで脱脂を行った。
改良前のポンプ(図1)では、DCサーボモータが最大回転数(26,000rpm)に到達する前に軸受<5>の破壊が生じた。その理由は、軸受部が片持ち支持構造のため、回転の上昇と共にタービン<7>の振れが大きくなるにしたがって高負荷が加わり、軸受<5>に潤滑作用もないため破損したと考えた。そこで、軸受<5>が最大回転数時においても破損しないための改良を行った。
改良前のタービン軸受を片持ち支持構造(図1)から、両持ち支持構造(図2)に改良することにより、回転数を大きくしても軸受が損傷を起こさないであろうと考えた。
図2のように改良したタービン軸受は、液体ヘリウムを貯蔵タンクから小型容器に汲み出しを行っても破壊を起こさず、最高回転数(26,000
rpm )まで動作させることができた。
今後はタービン直径を大きくする等の改良を行い、移送量をさらに増大させ、また軸受を低温用ベアリングに交換し、寿命の向上を計る予定である。
2.超高真空用軸受の開発
超高真空(10-8〜10-9 Pa )における、摩耗の少ない潤滑膜に関する研究開発6)が数年前から進められている。様々なコーティング膜を有する軸受を超高真空中で回転させ、荷重と寿命の関係や表面観察等を行うことで最適な膜の比較・検討を行っている。写真2に超高真空実験装置を示す。
私は、これまで寿命測定機構の製作や数種類のコーティング膜軸受についての実験に参加した。滞在期間が3年間と短かったこともあり、十分な実験が出来なかったが、まずは超高真空の実現方法からはじまり、走査型電子顕微鏡の取り扱い方、超高真空実験の手順等の貴重な経験ができたと考えている。
今後も機会を見つけ、実験に参加したいと考えている。
3.ヘリウム液化機故障の原因究明7)
分子研極低温センターの全自動ヘリウム液化機(神戸製鋼所製作)が故障し、その後の神戸製鋼所側の調査で、高段タービンが焼損していたことがわかった。神戸製鋼所側から提出された報告書では、故障の第一原因の特定には至っておらず、且つ再発防止対策が考えられていないため、分子研側として納得できる内容ではなかった。
そのため、分子研技術課が主体の「液化機損傷原因究明のためのプロジェクトチーム」が結成された。プロジェクトチームで行ったことは、故障個所の推測及び分解・調査による第一原因の究明である。その後、神戸製鋼所との技術的議論を交わし、再発防止対策を考慮した修理方法等の具体的な提示を受けることが出来た。私はその一員に加り、微力ながら役に立てたと考えている。
プロジェクトチームのメンバーは、技術課長をはじめ、極低温センター、装置開発室およびUVSORから選ばれ、施設の枠を越えて仕事をすることができた。このように技術課が一致団結できる場が今後においても多く設定されることを期待する。
4.小型高圧センサーの製作(高温高圧NMR装置)
圧力4000 bar の環境下でNMR実験を行う装置における、小型且つ高感度の圧力センサー部を製作した。
これは、圧力による電気抵抗値の変化を利用したセンサーであり、マンガニン線(線径
0.05 mm、長さ 500 mm 程度)をステンレス製のボビンに巻き付けて製作した(図3)。センサー部は取付スペースの関係で、直径
2 mm 以下、長さ 6 mm 以下にする必要があった。そのため、小型ボビンにマンガニン線を巻き付ける作業と、マンガニン線の両端にリード線(線径
0.1 mm の銅線)をハンダ付けする作業は非常に苦労した。マンガニン線はハンダが接合しにくいため、圧着端子による接合も検討したが、スペースの関係でハンダ付けを行った。ハンダごてに印可させる電圧をスライダックで制御することが大切であり、こての温度をハンダの融点よりほんの少し高くしてハンダで線材を包み込むように行った。
図4に製作したセンサーの抵抗値と圧力の関係を示した。その結果、抵抗値がほぼ圧力に比例する小型センサーを製作することができた。
5.ナノチューブ生成装置の製作8)
近年、ダイヤモンド、グラファイトに次ぐ第三の炭素同素体として注目を集めているカーボンナノチューブ生成装置を製作した。
装置(図5)は、石英ガラス管<1>(外径50mm、長さ1000mm)の中に2本の炭素棒<3>(1本は金属(Ni-Y,
Co-Ni と Fe-Ni)が練り込まれている)を設置し、ヘリウム雰囲気(500Torr程度)中においてアーク放電させることで、ナノチューブが生成される。生成量を増やすため、放電中にマントルヒータで加熱(試料部は850℃程度)する。生成されたナノチューブはヘリウムの流れに沿って、水冷された銅製の捕集部<4>に付着する。放電により炭素棒<3>が消耗するため、ハンドル<2>により放電距離を調整できる構造にした。尚、放電電源にはアルゴンアーク溶接機(150V,60A)を使用した。写真3にナノチュ−ブ生成装置を示した。
6.おわりに
私が分子研での3年間で関わった仕事の中で、印象深かったものを簡単に紹介した。その中には途中段階のものもあり、今後もそれらの仕事に関わっていきたいと考えている。また、これらの他に名大では経験できないようなこと、例えば一般公開での「真空の特徴(真空とは何か?)」を所外の人に説明したこと等、いろいろ貴重な体験を今後十分役立てたいと考えている。
* IMS マシンは「アイデアの重視」と「所内外との共同開発」を基本とした新しい発想の先端的実験装置です。その提案は広く所内から募り、採択されたものを装置開発室スタッフと提案者が協力して企画・技術調査・設計・試作を行ないます。
このシステムは1991年度から進められており、年間約3件程度の新規課題の開発を行なっている。
参考文献
1)鳥居龍晴、内山功一、:IMSマシン成果報告「TOFによる質量分析を組み合わせた
ESDIADのDetector」、分子研レターズ 1997.1 No.35 (分子科学研究所)
ISSN 0385-0560、72-74 (平成9年1月)
2)鳥居龍晴、内山功一、鈴井光一、堀米利夫、吉田久史、浅香修司治、加藤浩之:
IMSマシン成果報告(TOFによる質量分析を組み合わせたESDIAのDetector)、分子研 レターズ 1997.7 No.36 (分子科学研究所)ISSN 0385-0560、60-61 (平成9年7月)
3)鳥居龍晴、内山功一、鈴井光一、堀米利夫、吉田久史、浅香修治:ESDIADのDetectorの 製作、技術研究会報告(名古屋大学理学部技術部)、35-38 (1997.7)
4)Kyoichi SAWABE,Tatsuharu TORII,Koichi
UCHIYAMA and Shuji ASAKA:「ESDIAD
Detector eith Time-of-Fligft Type Mass Separatoe」,ANNUAL
REVIEW,1996,INSTITUTE
FOR MOLECULAE SCIENCE,pp189(1996)
5)そうち掲示板28号(H8.5.17)、31号(H8.8.19)、32号(H8.9.17)、34号(H8.11.18)、39号(H9.5.19)、40号(H9.6.17)(分子科学研究所)
6)Tatsuharu TORII,Takuhiko KONDOH,Shuji
ASAKA and Michio WATANABE:「Ultra- High-Vacum
Friction Test Apparatus」,ANNUAL REVIEW,1997,INSTITUTE
FOR MOLECULAE SCIENCE,pp223(1997)
7)鳥居龍晴:ヘリウム液化機損傷原因究明のためのプロジェクトチームの活動報告、
Kanae No.6 分子科学研究所 技術課活動報告(分子科学研究所 技術課)
ISSN 0911-9233、33-37 (平成8年10月)
8)Tatsuharu TORII and Shunji BANDOW:「Prototype
Apparatus for Synthesizing the
Single Wall Carbon Nanotubes by Arc Discharge
at High Temperature Environment」
,ANNUAL REVIEW,1998,INSTITUTE FOR MOLECULAE
SCIENCE,pp196(1998)