金工室としてのOPERA(ニュートリノ振動現象の検証実験)計画への対応
理学部技術部研究機器開発班 松岡博
- はじめに
F研(基本素粒子研究室)が提案していたニュートリノに質量があるかを調べる「素粒子標準理論の検証に関する日欧国際共同研究」(実験開始は2005年予定)を行うことが,99年度の夏に内定した.この研究計画ネームはOPERA計画と表されている.今年の5月には研究計画書が作成され,現在,各国で担当分野の審議が行われており,年末前後には研究分担が確定する予定である.
金工室では研究計画内定後,井上,河合,松岡が当面担当することを決定し,これまで研究計画書策定に必要な研究概要の策定や必要な設備や問題点と対応方法や技術等の判定作業に参加した.このうち,検出器を設置する構造体に関する技術確認作業で行った,構造体の構築に接着剤を用いることについては,昨年の技術報告Vol.10に「接着剤の引張りせん断接着強さの試験」として報告した.
この研究では技術支援だけの要請だけではなく,検出器を設置するイタリアのグランサッソ地下研究所での検出器組み立てをはじめとする実験に必要な技術支援を現地で行うことも必要とされている.このような要請技術支援がこれまでの対応方法では対応できないたことと,海外における大型研究にどのように対応するかは技術部の今後のあり方とも関わる重要な課題と考えるのでここに報告する.
図1 実験の概略説明図
- 研究の概要
実験は図1の概略説明図のようにイタリアの中部にあるグランサッソ(Gransasso)地下研究所のトンネル内にタウニュートリノを検出する原子核乾板(Emulsion)を同形の大きさ(厚さ1mm)の鉛板と相互に56組,組み合わせたものを真空パック(大きさ:102mm*127mm*75.4mm.重量:約8.3kg)し,これを垂直に1面6.7m*6.7mに組み立てる.1面に配置する個数は3,264個,重量は約27tになる.この面の後ろに粒子の飛跡検出用のトラッカーを配置したものを24列配列する.これを縦列に3組設置する計画である.これに使用するパックの予定数は約24万個に達し,パックだけの重量は1,950tを越えることになる.これを振動実験用構造体に収納する.エマルションパックと検出器構造体全体の最終重量は約2,800tを越えると推定されている.又,この設置構造体は反応のあったパックの交換を行うが,一日に30個以上の個数交換が可能な構造でなければならない.
これに730km離れたスイスに設置されているセルン(CERN:欧州原子核研究機関)の加速器(SPS)で作ったミューニュートリノを2005年から五年間照射する.振動反応があったパックは,一日に最大30パックを交換する事を想定している.取り出したパックを解体してエマルションを取りだす.現地で現像した後,日本に空輸し,F研で飛跡の検出を行う.飛跡検出は一日に1,680枚のエマルションをμm単位で検出しなければならないため,高精度・高速処理の自動飛跡読み取り機の開発が不可欠である.
- 求められる技術分野
この実験で理学部技術部が関係することができる技術分野は@エマルション事前飛跡消去装置開発.Aエマルションの組み立てと真空パック製造技術.B検出器構造体設計.Cパックの自動交換機開発.D飛跡自動読み取り機開発がある.このうち飛跡自動読み取り機の開発には装置開発班の石川氏と研究機器開発班の河合氏が加わり,試作機開発が進められている.担当分野で日本が必ず担当せざるを得ないのはエマルションとエマルションと鉛の真空パック作成,及び飛跡検出の三つである.その他の分野でも実験の関係で関わる事もありうる.
この実験で求められる技術の特徴は時間的制限があることと,高速度下での大量処理技術が必要なことである.
例えば,エマルションをパックする前に感光した飛跡を消去するため,温度25度〜40度,湿度90%以上の条件下で最大三日間蒸す必要があるが,総数1,365万枚使用するため,一日当り5万枚以上を一括処理することが必要となる.
真空パックは一日当り1,000個以上の製造が求められる.そのため暗室内で1個当り30秒で鉛とエマルションを各56枚組み合わせた後,仮止めを行う.これを光からの遮断とエマルションと鉛の固定位置を保持するためにアルミラミネートフィルムでシールし,内部を真空にする.真空は最低7年間維持できることが条件である.この組み立てから真空パックまでの作業はグランサッソのトンネル内で一貫作業として行えることが求められる.
タウニュートリノの飛跡を検出するためには,最初の読み取りに一枚当り8時間かかるフィルムを一日に30枚を1μm単位の精度で読み取り処理する.その後,飛跡個所を確定したフイルムを1,680枚読み取ることが必要である.このため1年間連続検出ができるように自動化しなければならない.又,異なる読み取りのため,二種類の高速自動飛跡読み取り機が必要となる.この飛跡読み取りではフィルムの自動装填の技術開発も必要とされる.
この研究では研究条件を満たす技術の確立とともに高速・大量処理技術が必要になっている.これは大学の研究では求められることの無かった技術特性であるため,外部の技術の活用が必要になる.参加する技術者もこれまでのように最小単位の人数で試作機を作る担当方法では対応できない.研究計画準備からグループで技術支援を行えるような技術部組織のあり方も問われる事になる.研究は既に始まっており,技術対応は待ったなしの状況である.今後の研究支援のあり方を考えるとともに,この研究への技術参加についても検討願えれば幸いである.
- まとめ
このプロジェクトの技術特徴として,日欧共同研究という研究規模が大きく,時間制約が明確であり試作余裕が無いことと求められている技術を学外に求めざるを得ないこと.要求技術がこれまでの単体装置の開発ではなく,高精度・高速性能装置の開発と量産性能や大量処理能力が維持できる技術の確立にある.現技術部体制では維持できない技術分野の補強をどのように行うか.学外技術の活用を確立させることができるかが実験を支えることにつながるといえる.
又,このような大型の国際共同研究に対する技術体制を技術集団としてどう創っていくのかも迫られている.これまでの個々の研究グループや研究者の研究要求に個人的対応を中心に答えてきた技術体制では対応することは困難であると考える.今,新しい対応体制の確立が求められている.
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